「海」を表す単語がない言語はあるか
こちらは某所で開催されているアドベントカレンダーの「ことば」の記事です。
きっかけは某氏甲による以下の発言だった。
めっちゃ内陸で話されてるから「海」を表す単語がない言語ってある?
それに対して僕が「二重内陸国のトルクメニスタンのトルクメン語にも海はあるらしいな……(deňiz)」*1などと返信しているうち、某氏乙が以下のように発言した。
Copilotに聞いたらあるらしい(裏は取ってない)
>> 海を表す単語がない言語は、実際に存在するようです。例えば、ボリビアのアイマラ語やパラグアイのグアラニー語は、海に囲まれていない国の言語で、海を表す固有の単語がありません。海を表すときは、大きな湖や塩水という意味の言葉を使います。また、アフリカのコンゴ共和国や中央アフリカ共和国などの内陸国の言語でも、海を表す単語がないか、あまり使われない場合があります。海を表すときは、外国語の借用語や、水や川という意味の言葉を使います
Copilotとはマイクロソフト社が提供する生成AIである。本記事は生成AIによるこの発言が正しいかどうか検証するものである。
アイマラ語
アイマラ語とは
アイマラ語とは南米のボリビア、ペルー、チリで話されている言語である。話者数は160万人ほどいて、アイマラ語族に属する。図のように、確かにアイマラ語が話されている地域はアンデス山脈に阻まれ、海に面していない。*2*3
アイマラ語に「海」はあるか
単純にWeb上のアイマラ語辞書で「海」を調べてみる。
海 noun 文法
一番上に「Lamara」と出てくる。スレでこれを指摘したところ、某氏丙からフランス語からの借用語じゃないかと指摘され返された。
とりあえずフランス語で「海」を調べてみる。
「mer」「océan」のようだ。定冠詞がつくと「la mer」となる。「Lamara」にそっくりだ。一応ボリビアやチリの公用語スペイン語も調べてみる。
主に使われるのは「mar」、定冠詞がつくと「el mar」のようだ。こちらも「Lamara」にほど近い。
Copilotがいう「大きな湖や塩水という意味の言葉」ではないようだが、「海を表す固有の単語」というわけでもない。copilotは正しいのか⁉
だがしかし、ここでGlosbeをもう一度見返してみる。
よく見ると、「Lamara」という単語が使われていない。アイマラ語には「Lamara」よりも広く「海」を表す単語があるのではないか⁉ 「ガラリヤの海」という単語をヒントによく見てみると、「qota」「qotjja」「qotan」「qotanjja」という単語が近そうだ。早速この言葉の意味をGlosbeで調べてみた。
quta
湖だった。
グアラニー語
グアラニー語とは
グアラニー語とは南米のパラグアイ、ブラジル、ボリビアにかけて話されるトゥピ語族に属されるアメリカ先住民の言語である。パラグアイではスペイン語と共に公用語になっており、国民の88%が理解できるという。グアラニー語を話す人々は500万人ほどいる。*4
上図のように、確かにグアラニー語が話されている地域は海に面していない。
グアラニー語由来の言葉として有名なのは「カピバラ」だろう。グアラニー語で「草原の主」とも「細い草を食べるもの」ともいわれる。
グアラニー語に「海」はあるか
またも単純にGlosbeで「海」を調べてみる。
海 noun 文法
「para」と出てくる。スペイン語やフランス語、英語からの借用語ではなさそうだ。しかしながら、用例を見てもあまり「para」が使われていない。
アイマラ語と同様「ガラリヤの海」から探ったが、固有名詞が伴うときは「már」や「mar」が使われるようだ。やはりグアラニー語もスペイン語からの借用語を使うのかとなりそうだが、ほかの場合は「mar」は使われていない。「para」も使われていないけど。
一文ずつ見ていく。
- 「パラグアイ」の「パラ」らしい
- paraguasuで「大洋」を意味するらしい(guasuは大きい)
- 用例では海を表す単語としては使われていない
- 「para」を調べてみたら「~に対して」という意味で使われているっぽく「海」という単語は出てこなかった
ということが分かりました! いかがでしたか? ちなみに、パラグアイの語源を調べると「豊かな水量*5」「優しい水*6」「羽のかぶった川*7」「大きな川から*8」を意味するという説があり、よく分かりませんでした!
コンゴ共和国の言語
コンゴ共和国で話されている言語は40以上あるらしい*9。公用語はフランス語で、ほかにキトゥバ語、リンガラ語、ムボシ語と、バテケ語が多く使われるらしい。
キトゥバ語
キトゥバ語はコンゴ語を簡単にしたものらしく、Glosbeではコンゴ語として検索出来た。
kalungaとあるが、例によって用例では使われていない。用例ではNzadi-Mungwaと訳されている例が目立つ。Nzadiは川、Mungwaはしょっぱいで、合わせてしょっぱい川らしい。
リンバラ語
ムボシ語
Glosbeで対応していなかった。
バテケ語
Glosbeで対応していなかった。
中央アフリカ共和国の言語
中央アフリカで話されている言語は72あるらしい*10。公用語はフランス語とサンゴ語で、加えてアキ語やルワ語も話されるらしい。
サンゴ語
機械翻訳では「ngu」と出てきた。「ngu」を調べたら「水」と出てきた。「ngu」「ngu-ingo」「ngu ti ingo」あたりがよく使われるらしい。「塩」を調べたら「Mênë」が機械翻訳で出てきたが、用例を見る限り「ingo」も使われるらしい。「ngu-ingo」は「塩水」といった意味合いか。
アキ語
Glosbeで対応していなかった。
ルオ語
「nam」と出てきた。湖も「nam」で表すらしい。
まとめ
Copilotの回答をもう一度貼ってみる。
海を表す単語がない言語は、実際に存在するようです。例えば、ボリビアのアイマラ語やパラグアイのグアラニー語は、海に囲まれていない国の言語で、海を表す固有の単語がありません。海を表すときは、大きな湖や塩水という意味の言葉を使います。また、アフリカのコンゴ共和国や中央アフリカ共和国などの内陸国の言語でも、海を表す単語がないか、あまり使われない場合があります。海を表すときは、外国語の借用語や、水や川という意味の言葉を使います
アイマラ語は外国語の借用語や湖という意味の言葉を使う言語だった。グアラニー語は海を表す「para」という単語があるように見えるものの、あまり使われておらず、外国語の借用語を使っていた。コンゴ共和国の言語コンゴ語では、海を表す単語はあまり使われず、しょっぱい川という意味の言葉が使われていた。中央アフリカの言語サンゴ語では、水や塩水という意味の言葉を使い、同じく中央アフリカの言語ルオ語では、海も湖も同じ単語で表した。
Copilotの回答は、細かな差異があるので、まるっと信じ込むのは危険だが、話半分で聞く程度には問題ないのかもしれない。実は、最初に調べていた段階では、各言語において「海」を表す単語がちゃんと出てきたのでCopilotの回答は怪しいんじゃないかと思っていた。完敗である。
調べてみて思ったのが、Glosbeは聖書の言葉を翻訳したコーパスを用例として挙げており、聖書には紅海、死海、ガラリヤの海(死海は湖だし、何とここまで書いてきて初めて知ったのだがガラリヤの海も湖だった*11のだけれど)など、海を表す単語がたくさん出てくるため、キリスト教を布教した時点でもともと「海」という単語がなかったかもしれない言語にも「海」を表す単語を作る必要性が生じたのかもしれない。
今一つ疑問に思っているのが、外国語の借用語を用いているから、「湖」や「水」と同じ言葉を使っているからといって、その言語に「海」を表す単語がないといえるのだろうか? この話は「存在とは何か」といった難しい話になりそうだからまた後で考えることにする。
*1:二重内陸国なのはトルクメニスタンじゃなくてウズベキスタンだね。みんなはこういう細かなミスをしないようにしよう。
*3:アイマラ語(アイマラご)とは? 意味や使い方 - コトバンク
*5:https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/guide/event/uploads/iparaguay.pdf
*6:https://www.jica.go.jp/overseas/paraguay/others/gaiyou.html
*7:https://www.jica.go.jp/overseas/paraguay/others/gaiyou.html
*8:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%82%A4
*9:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B4%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%AA%9E
*10:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%AA%9E
*11:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%83%A4%E6%B9%96
個室を作った
フロクロさんやダダ恐山さんに触発されてdiscordに個室を作りました。どなたでも、自由に靴を脱いで入っていただけたら幸いです。
オイラー予想の反例
初めまして、resignaterと申します。
どうぞよしなに。
さて、グレブナー基底大好きbot(@groebner_basis)さんが好きな反例を募集していたので、挙げます。
オイラー予想の反例です。オイラー予想というのはフェルマーの最終定理の拡張で、nを3以上の整数として、n-1個の正の整数のn乗の和で、ある整数のn乗と等しくなるものは存在しないとするもので、例えばを満たす正の整数w、x、y、zとか、を満たす正の整数v、w、x、y、zは存在しないとするものです。この定義は思考力を鍛える数学さん(オイラー予想の反例|思考力を鍛える数学)によるものです。別の場所(Euler's Sum of Powers Conjecture -- from Wolfram MathWorld)では「nを3以上の整数とするとき、ある正の整数のn乗を別の複数の正の整数のn乗の和で表すには、n個以上の正の整数が要る」と表現されてたりしますが、どのみち反証されているので関係ないといえば関係ない。
この反例について、144を求めさせる問題が1991年の日本数学オリンピックの予選で出されたらしいですね。
また、この反例を1966年に見つけたのがL.J.ランダーとT.R.パーキンという人で、その論文(http://www.ams.org/journals/bull/1966-72-06/S0002-9904-1966-11654-3/S0002-9904-1966-11654-3.pdf)がたった2文ということでたまにネットで話題になるようです。
もう少し続けます。
下って1986年にノーム・エルキーズによって発見されたn=4の時の反例、も圧が強くて好きです。
ここまでくるとを満たす正の整数とが存在するときの条件とか気になりますよね。
もうちょっと拡張して、を満たす正の整数が存在するときの正の整数(k,m,n)が満たす条件とかいろいろ調べられてて、例えばランダー・パーキン・セルフリッジ予想 - Wikipediaなんかがあります。