「海」を表す単語がない言語はあるか

こちらは某所で開催されているアドベントカレンダーの「ことば」の記事です。

きっかけは某氏甲による以下の発言だった。

めっちゃ内陸で話されてるから「海」を表す単語がない言語ってある?

それに対して僕が「二重内陸国トルクメニスタントルクメン語にも海はあるらしいな……(deňiz)」*1などと返信しているうち、某氏乙が以下のように発言した。

Copilotに聞いたらあるらしい(裏は取ってない)
>> 海を表す単語がない言語は、実際に存在するようです。例えば、ボリビアアイマラ語パラグアイグアラニー語は、海に囲まれていない国の言語で、海を表す固有の単語がありません。海を表すときは、大きな湖や塩水という意味の言葉を使います。また、アフリカのコンゴ共和国中央アフリカ共和国などの内陸国の言語でも、海を表す単語がないか、あまり使われない場合があります。海を表すときは、外国語の借用語や、水や川という意味の言葉を使います

Copilotとはマイクロソフト社が提供する生成AIである。本記事は生成AIによるこの発言が正しいかどうか検証するものである。

アイマラ語

アイマラ語とは

Haylli - Datos tomados de (Albó 1988: pp. 28-29) actualizados a 1984. Láminas con dos mapas del dominio aimara confeccionados por T. Bouysse-Cassagne. El autor advierte que muchos de los límites trazados son aproximados. Se empleó también un mapa Demis con información altimétrica de fuentes del dominio público., CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4949323による

アイマラ語とは南米のボリビア、ペルー、チリで話されている言語である。話者数は160万人ほどいて、アイマラ語族に属する。図のように、確かにアイマラ語が話されている地域はアンデス山脈に阻まれ、海に面していない。*2*3

アイマラ語に「海」はあるか

単純にWeb上のアイマラ語辞書で「海」を調べてみる。

glosbe.com

   noun 文法

海 (ドビュッシー[..]

  •  
     

    Lamara 

     

    地球の陸地以外の部分で、塩水に満ちているところ

     
  •  
     

    lamara 

     
  •  
     

    mamaquta 

     

一番上に「Lamara」と出てくる。スレでこれを指摘したところ、某氏丙からフランス語からの借用語じゃないかと指摘され返された。

とりあえずフランス語で「海」を調べてみる。

www.linguee.fr

「mer」「océan」のようだ。定冠詞がつくと「la mer」となる。「Lamara」にそっくりだ。一応ボリビアやチリの公用語スペイン語も調べてみる。

www.linguee.com

主に使われるのは「mar」、定冠詞がつくと「el mar」のようだ。こちらも「Lamara」にほど近い。

Copilotがいう「大きな湖や塩水という意味の言葉」ではないようだが、「海を表す固有の単語」というわけでもない。copilotは正しいのか⁉

だがしかし、ここでGlosbeをもう一度見返してみる。

 
創 7:4)出エジプト記 14章21節にも,「エホバは強い東風によって......を退かせ」た,と書かれています。
Éxodo 14:21 qellqatajj siwa: “[Jehová] Tatitojj inti jalsu toqeta arum paqara wali thaytʼayanisasti qotjja payaruw jaljtayäna” sasa.
カペルナウムに近いガリラヤの
Galilea qota, Capernaum jakʼana
18,19. (イ)ガリラヤのでペテロは何を見ましたか。( ロ)イエスは,ペテロの求めにどう応じましたか。
18, 19. 1) ¿Kunsa Pedrojj Galilea qotan uñjäna? 2) ¿Kamsänsa Jesusajj Pedron mayitaparojja?
* (マタイ 4:18,19)しかし今回のものは「猛烈な風あらし」で,たちまちは水しぶきを上げて荒れ狂います。
Uka qotanjja thayanakajj sartapunirïnwa, jupanakajj uk sum yatipjjäna, yaqhepajj chawlla katurïpjjänwa (Mateo 4:18, 19).
ガリラヤのの上を歩こうとしたペテロの経験から,信仰に関する重要な教訓が得られます。
Aka yatichäwinjja, Pedrojj Galilea qota patanjam sarnaqasajj kunjam iyawsäwinïtapsa uñachtʼayäna ukwa yatjjataskañäni.
ですから,雨の降りそうな兆しが見えるかどうか調べさせるために,のよく見える場所に従者を上って行かせます。
Ukampis sapa kutiw yanapiripax “janiw kunas utjkiti” sasa kuttʼanïna.

よく見ると、「Lamara」という単語が使われていない。アイマラ語には「Lamara」よりも広く「海」を表す単語があるのではないか⁉ 「ガラリヤの海」という単語をヒントによく見てみると、「qota」「qotjja」「qotan」「qotanjja」という単語が近そうだ。早速この言葉の意味をGlosbeで調べてみた。

glosbe.com

quta 
  •  

    こ / みずうみ, ko / mizu·umi

     
  •  
     

    湖 

     
     noun

湖だった。

グアラニー

グアラニー語とは

グアラニー語とは南米のパラグアイ、ブラジル、ボリビアにかけて話されるトゥピ語族に属されるアメリカ先住民の言語である。パラグアイではスペイン語と共に公用語になっており、国民の88%が理解できるという。グアラニー語を話す人々は500万人ほどいる。*4

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Idioma_guaran%C3%AD.png#/media/File:Idioma_guaraní.png

上図のように、確かにグアラニー語が話されている地域は海に面していない。

グアラニー語由来の言葉として有名なのは「カピバラ」だろう。グアラニー語で「草原の主」とも「細い草を食べるもの」ともいわれる。

グアラニー語に「海」はあるか

またも単純にGlosbeで「海」を調べてみる。

glosbe.com

   noun 文法

海 (ドビュッシー[..]

  •  
     

    Para 

     

    地球の陸地以外の部分で、塩水に満ちているところ

     
  •  
     

    para 

     
  •  
     

    pará 

     

 

「para」と出てくる。スペイン語やフランス語、英語からの借用語ではなさそうだ。しかしながら、用例を見てもあまり「para」が使われていない。

 

次いで,陸地とが形成されたことが述べられています。(
Ha upe guive oiméne ohesapéma pe kuarahy ñane planétape ha hesakãma.
その人はヨッパの町のシモンの家にいます。 シモンはべに住んでいます』と言います。
Pe lugár haʼe oĩha héra Jope. Oĩ Simón rógape, oikóva már ypýpe’.
カペルナウムに近いガリラヤの
Mar de Galilea, Capernaum ypýpe
18,19. (イ)ガリラヤのでペテロは何を見ましたか。( ロ)イエスは,ペテロの求めにどう応じましたか。
18, 19. a) ¿Mbaʼépa ohecha raʼe Pedro oĩrõ guare mar de Galiléape? b) ¿Mbaʼépa Jesús heʼi Pédrope ohosérõ guare hendápe pe y ári?
責任者の士官は,泳げる者はみなに飛びこんで,岸に向かって泳ぎなさい。
Pe militár oñangarekóva pe várkore osẽ heʼi: ‘Peẽ peʼytakuaáva, pejepoi ha peʼyta peg̃uahẽ hag̃ua pe y rembeʼýpe.
ガリラヤと呼ばれる北の地域の丘陵地帯にあり,ガリラヤのとして知られる大きな湖の西側に位置しています。
Ko siuda oĩ Galiléape peteĩ alturahápe, nórte gotyo Judéagui. Ha éste gotyo katu opyta pe lágo tuichaitéva, hérava mar de Galilea.
キネレトの
Mar de Kinéret
ガリラヤのの上を歩こうとしたペテロの経験から,信仰に関する重要な教訓が得られます。
Ko artíkulope ojehecha Pedro oguatárõ guare pe y ári mar de Galiléape, ha ñanemboʼe heta mbaʼe iñimportánteva pe fégui.
10 この よう に して、 彼 かれ ら は 進 すす んで 行 い き、  う み の 怪物 かいぶつ も 彼 かれ ら の 船 ふね を 裂 さ く こと が できず、 鯨 くじら も 彼 かれ ら の 船 ふね を 害 がい する こと が できなかった。 また、 海上 かいじょう に ある とき も、 海中 かいちゅう に ある とき も、いつも 彼 かれ ら に は 光 ひかり が あった。
10 Ha péicha ojegueraha hikuái tenonde gotyo; ha mbaʼeveichagua tymba guasuvai yguasugua ndaikatúi oipehaʼã chupekuéra, ni mbaʼeveichagua valléna ndaikatúi ojapo hesekuéra mbaʼeve; ha oguereko meme hikuái tesape, oĩ aja y ári ha y guýpe.
そのための水はわけられて,水は両側にとどまりました。
Pe már oñembojaʼo, ha pe y ojejoko mokõive hendápe.
ファーンは,を見るたびにホームシックになったものです。
Ohechávo pe már Fern imanduʼamivaʼerã ifamíliare ha ohechagaʼueterei chupekuéra.
25 ガリラヤのでの漁業
25 Mbaʼéichapa rakaʼe umi peskadór rembiapo mar de Galiléape?
人々がイエスを王にしようとする。 イエスの上を歩く。 大勢をいやす
Umi hénte omoĩse chupe rréiramo; oguata mar ári; omonguera hetápe
13 そして ニーファイ 人 じん は、一つ の 町 まち の 建設 けんせつ を 始 はじ め、その 町 まち の 名 な を モロナイ と 呼 よ んだ。 それ は 東 ひがし の  う み の 近 ちか く で、レーマン 人 じん の 領 りょう 土 ど の 境 きょう 界 かい 線 せん に 近 ちか い 南 みなみ の 方 ほう に あった。
13 Ha ojehu nefita-kuéra omoñepyrũ peteĩ tavaguasu ñemopuʼã, ha ombohéra hikuái upe tavaguasúpe Moroni; ha opyta yguasu kuarahyresẽmegua ypýpe; ha opyta sur gotyo lamanita-kuéra mbaʼéva rembeʼy ypýpe.
の歌”― 空白を埋める写本
“La Canción del Mar” Mbaʼérepa iñimportánte
22 そして、 民 たみ の 声 こえ は 次 つぎ の とおり で あった。「 見 み よ、 我々 われわれ は、 東 ひがし の 方 ほう の  う み の そば に あり、バウンティフル の 地 ち の 南方 なんぽう に あって、バウンティフル の 地 ち と 境 さかい を 接 せっ して いる ジェルション の 地 ち を 譲 ゆず ろう。 この ジェルション の 地 ち を 受 う け 継 つ ぎ の 地 ち と して 同胞 はらから に 譲 ゆず ろう。
22 Ha ojehu tavayguakuéra ñeʼẽ ou, heʼívo: Péina ápe, ñameʼẽta Jersón retã, oĩva kuarahyresẽme pe yguasu ypýpe, ha oñembojáva pe Abundancia retãre, ha oĩva Abundancia súrpe, ha ko Jersón retã haʼe ñameʼẽtava ñande joykeʼykuérape ijyvy jehejapyrerã.
......ついにイスラエルの子らは乾いた陸地を通っての中を行き,その間水は彼らの右と左に壁となっていた」。
Upémaramo Israelgua ohasa pe már Rojo yvy rupi ha pe y oñemboʼy ijyke rehekuéra mokõive hendáguio’.
15 そこで わたしたち は、まさに  う み の 深 ふか み に のまれて しまいそう で あった。
15 Ha ojehu haimetete oremoñapymi pe yguasu ruguápe.
18 「引き網」を「に下ろ」す。
18 ‘Peteĩ rred tuichaitereíva ojepoíva márpe.’
地とにとっては災いである。 悪魔が,自分の時の短いことを知り,大きな怒りを抱いてあなた方のところに下ったからである」。
La Biblia heʼi: “Ái anga umi yvy arigua ha marpeguakuéra!, aña oguejy rehe peẽme pochyete reheve, oikuaágui hiʼára mbykymaha”.
ジョーは,休暇中,妻と一緒に熱帯のシュノーケリングを楽しみ,サンゴ礁に群れ集まる色とりどりの大小さまざまな魚を眺めていました。
PETEĨ árape hakueterei ha mokõi mitãrusu oho ojahu rríope.
わたしたちは死から,実にの深みからさえも救い出されるのです。
Jajerreskatata pe ñemanógui, yguasu ruguágui jepe.
それらの人たちは,復活したイエスガリラヤののほとりで話をするのを現実に聞いたのです。
Hiʼarive, pe Mar de Galilea rembeʼýpe ohendu hikuái Jesúspe oñeʼẽvo oikove jey rire.
彼はの中に飛び込みます。
Oipe’ávo ijaopohýi, ojeity ýpe.
には魚さえいませんでした。
Ndaipóri avei pira umi oséanope.

 

アイマラ語と同様「ガラリヤの海」から探ったが、固有名詞が伴うときは「már」や「mar」が使われるようだ。やはりグアラニー語もスペイン語からの借用語を使うのかとなりそうだが、ほかの場合は「mar」は使われていない。「para」も使われていないけど。

一文ずつ見ていく。

 

次いで,陸地とが形成されたことが述べられています。
Ha upe guive oiméne ohesapéma pe kuarahy ñane planétape ha hesakãma.
どうやら「陸地と海」をplanétapeでまとめて表しているようだ。
 
責任者の士官は,泳げる者はみなに飛びこんで,岸に向かって泳ぎなさい。
Pe militár oñangarekóva pe várkore osẽ heʼi: ‘Peẽ peʼytakuaáva, pejepoi ha peʼyta peg̃uahẽ hag̃ua pe y rembeʼýpe.
日本語の文が途中で切れているが、後続の文の部分に「~と言いました」のパーツがあるのだろう。グアラニー語の文では、 : ‘の後が士官のセリフのようだ。rembeʼýpeの部分に「水の岸辺」「水の流れのほとり」「海岸」といった意味があるようで、「岸」という日本語同様この言葉自体に「海」を内包する可能性はあるが、この単語をもって「海」という単語があるとは主張しづらい。
 
には魚さえいませんでした。
Ndaipóri avei pira umi oséanope.
 
 
oséanopeが「海の中で」を表すようだ。スペイン語のocéanoに似ている。
 
ではparaとは何なのか?調べてみた結果、
  1. パラグアイ」の「パラ」らしい
  2. paraguasuで「大洋」を意味するらしい(guasuは大きい)
  3. 用例では海を表す単語としては使われていない
  4. 「para」を調べてみたら「~に対して」という意味で使われているっぽく「海」という単語は出てこなかった

ということが分かりました! いかがでしたか? ちなみに、パラグアイの語源を調べると「豊かな水量*5」「優しい水*6」「羽のかぶった川*7」「大きな川から*8」を意味するという説があり、よく分かりませんでした!

コンゴ共和国の言語

コンゴ共和国で話されている言語は40以上あるらしい*9公用語はフランス語で、ほかにキトゥバ語、リンガラ語、ムボシ語と、バテケ語が多く使われるらしい。

キトゥバ語

キトゥバ語はコンゴ語を簡単にしたものらしく、Glosbeではコンゴ語として検索出来た。

glosbe.com

kalungaとあるが、例によって用例では使われていない。用例ではNzadi-Mungwaと訳されている例が目立つ。Nzadiは川、Mungwaはしょっぱいで、合わせてしょっぱい川らしい。

リンバラ語

mbu

ムボシ語

Glosbeで対応していなかった。

バテケ語

Glosbeで対応していなかった。

中央アフリカ共和国の言語

中央アフリカで話されている言語は72あるらしい*10公用語はフランス語とサンゴ語で、加えてアキ語やルワ語も話されるらしい。

サンゴ語

glosbe.com

機械翻訳では「ngu」と出てきた。「ngu」を調べたら「水」と出てきた。「ngu」「ngu-ingo」「ngu ti ingo」あたりがよく使われるらしい。「塩」を調べたら「Mênë」が機械翻訳で出てきたが、用例を見る限り「ingo」も使われるらしい。「ngu-ingo」は「塩水」といった意味合いか。

アキ語

Glosbeで対応していなかった。

ルオ語

glosbe.com

「nam」と出てきた。湖も「nam」で表すらしい。

まとめ

Copilotの回答をもう一度貼ってみる。

 海を表す単語がない言語は、実際に存在するようです。例えば、ボリビアアイマラ語パラグアイグアラニー語は、海に囲まれていない国の言語で、海を表す固有の単語がありません。海を表すときは、大きな湖や塩水という意味の言葉を使います。また、アフリカのコンゴ共和国中央アフリカ共和国などの内陸国の言語でも、海を表す単語がないか、あまり使われない場合があります。海を表すときは、外国語の借用語や、水や川という意味の言葉を使います

アイマラ語は外国語の借用語や湖という意味の言葉を使う言語だった。グアラニー語は海を表す「para」という単語があるように見えるものの、あまり使われておらず、外国語の借用語を使っていた。コンゴ共和国の言語コンゴ語では、海を表す単語はあまり使われず、しょっぱい川という意味の言葉が使われていた。中央アフリカの言語サンゴ語では、水や塩水という意味の言葉を使い、同じく中央アフリカの言語ルオ語では、海も湖も同じ単語で表した。

Copilotの回答は、細かな差異があるので、まるっと信じ込むのは危険だが、話半分で聞く程度には問題ないのかもしれない。実は、最初に調べていた段階では、各言語において「海」を表す単語がちゃんと出てきたのでCopilotの回答は怪しいんじゃないかと思っていた。完敗である。

調べてみて思ったのが、Glosbeは聖書の言葉を翻訳したコーパスを用例として挙げており、聖書には紅海、死海、ガラリヤの海(死海は湖だし、何とここまで書いてきて初めて知ったのだがガラリヤの海も湖だった*11のだけれど)など、海を表す単語がたくさん出てくるため、キリスト教を布教した時点でもともと「海」という単語がなかったかもしれない言語にも「海」を表す単語を作る必要性が生じたのかもしれない。

今一つ疑問に思っているのが、外国語の借用語を用いているから、「湖」や「水」と同じ言葉を使っているからといって、その言語に「海」を表す単語がないといえるのだろうか? この話は「存在とは何か」といった難しい話になりそうだからまた後で考えることにする。